『ANNA』
「ANNA」はフランス発の女性スパイものなんですが、『ニキータ』『レオン』『LUCY/ルーシー』で魅力的な〈闘うヒロイン〉を世に送り出し、『TAXi』『トランスポーター』『96時間』シリーズをプロデューサーとして世界的大ヒットへと導いたリュック・ベッソンの新作なんです。
近年のベッソン作品ではだんだん見られなくなってきていたアイデア満載のアクションシーンがノンストップでスピードアップして繰り広げられる今作、まずは簡単なあらすじからお話していきましょう。
1990年、モスクワ。
露店でマトリョーシカ人形を売っていた大学生のアナ(サッシャ・ルス)は、パリのモデル事務所のスカウトマンに声をかけられデビュー、美人でスタイルの良さが目を引く彼女はすぐに売れっ子となる。
事務所の共同経営者のオレグと付き合い始めて2ヵ月、毎夜パーティにディナーと華やかな暮らしを送っていた。
ある時、オレグからホテルのスイートルームに呼ばれたアナは、貿易商だと自称する彼に、「本業は何なの?」と問い詰める。
オレグから武器商人という裏の顔を打ち明けられたアナは、トイレに隠していた銃で、容赦なくオレグの頭を撃ち抜く。と、ここまで、アナがスパイだったとしてどこからが仕掛けられたものだったでしょうか?
なんと全部!
実は彼女の真の姿は、ソ連の諜報機関KGBに造り上げられた殺し屋だった。
3年前、アナはモスクワで、恋人とクスリに溺れる日々を過ごしていた。
堕落した生活に終止符を打つべく海軍に志願すると、見知らぬ男から「軍事訓練1年、現場勤務4年、その後は自由」という仕事を持ちかけられる。
男の名はアレクセイ(ルーク・エヴァンス)、KGBの捜査官でアナの陸軍士官学校時代の優秀な成績に目を付けたのだ。
アナが「クソみたいな人生」に転落したのは、最愛の両親を事故で亡くした悲しみからだった。
それから1年、アレクセイは過酷な訓練を全うしたアナを、上官のオルガ(ヘレン・ミレン)に紹介、スパイとして雇ってもらえるのかどうかの最後の試験を受ける。
オルガはアナに「レストランで食事中のマフィアのボスから5分で携帯電話を奪う」と
いう過酷なテストを与える。
店に踏み込んだアナは、オルガから渡された銃をボスに向けるが、弾倉はカラッポ、しかも店の中はボスの警護に当たる屈強なマフィアの男だらけだった!はたして・・。
見どころなんですが、この作品のポイントは明確にいくつかあります。
まずベッソンが初心に帰ったように、監督・脚本・製作を担当。
映画への深い愛と冒険心に溢れた初期作品のスタイルとテーマに自ら回帰し、フル
スピードで展開する行先不明のストーリーと、武器を持たずに敵地へ乗り込んだアナが5分で40人を倒すなど、リアルかつ壮絶なファイティングシーンの目白押し。
そしてそれだけでないヒロインの生きざまに熱い物語性があり、クールすぎるスタイリッシュすぎる見た目とは裏腹に、人間臭く体温高目な本当の人生が、感情がベースに描かれているという、ベッソン脚本の見せどころが心をつかみます。
これだけ揃っていたら後はヒロイン。
主人公のアナは、16歳でランウェイデビューを果たし、シャネル、ディオールなどハイブランドのモデルを務めるロシア出身のスーパーモデル、サッシャ・ルス。
彼女は1年をかけてマーシャルアーツを学び、『ジョン・ウィック』シリーズでも話題の〈ガン・フー〉をマスターし、レストランではグラスに皿、フォークまでを駆使して息をのむアクションシーンを成し遂げた。
今作ではアナもモデルという脚本なので、本来のキャリアであるファッションモデルの華麗なお仕事シーンとのギャップで、キレッキレの、しかも意外と力強いアクションがさえわたります。
敷かれた伏線に実はその何年前に・・とか何日前に・・とか、時系列を行きつ戻りつしながら推理の種明かしを細かくさせてゆき、全体の推理へと促すベッソンの脚本は明快で楽しいし、スパイという仕事と恋愛と、自分の人生をどう歩むのか決断するアナに21世紀の女性像もしっかり描きこまれていて痛快。
見どころは引き込まれるニューヒロインをしっかりと打ち出し、原点回帰の作品作りをしているように見せかけてこの時代ならではのアクションと女性像を提示して見せたベッソンの現在の力量、ではないでしょうか。
『最高の花婿アンコール』
本国フランスで5人に1人が観たという記録的大ヒットを飛ばした前作「最高の花婿」から6年。
本国では2018年に公開された「最高の花婿アンコール」は日本にもあのヴェルヌイユ家の面々が帰ってきたことを楽しすぎるうれしすぎる感動とともに教えてくれます。
私は前作から彼らを楽しんでおりますが、実はこの続編から初めて見てもきっと楽しめる作品になっていて、前作よりもパワーアップしたエンターテインメントになっていることをまずはお約束しましょう。
では前作で描かれていた彼らがどういう一家なのかからご紹介していきましょう。
フランスのパリ・・ではなく、郊外の緑豊かなロワール地方を舞台に、敬虔なカトリック教徒であり、保守的なフランス人夫婦ヴェルヌイユ夫妻の4人の娘たちが多国籍な花婿と結婚したというのが前作のお話。
長女からアルジェリア、アラブ系、イスラエル、ユダヤ系、中国、アジア系、コートジボワール、アフリカ系と全く違う文化や宗教をルーツに持つフランス人と結婚したのでした。
様々な衝突を乗り越え、娘たち夫婦はそれぞれ仲もよくかわいい孫も誕生し、クロードとマリーのおじいちゃんおばあちゃんは幸せだったのだが・・・。というところからこの続編は始まります。
ではここから簡単な今作のあらすじを。
クロードとマリーのヴェルヌイユ夫妻はいやいやながら4人の婿の実家に次々に訪れ、コートジボワール、アルジェリア、中国、イスラエルと旅して帰ってきました。
そもそも人はいいが保守的な二人らしく、異文化が肌に合わずフランスに帰ってきてやはりフランスが最高だとホッとするのでした。
一方4人の婿たちはパリでの生活に悩みを抱えている真っただ中。
長女の夫で弁護士のラシッドはアラブ人というだけでテロリストと疑われるだけでなく、ブルカを着けるなと言われた女性の弁護を1件引き受けたら次から次とアラブ系女性が押し寄せ、それ専門はいやだと悲鳴をあげている。
歯医者をしている次女の夫は実業家でハラル食品を扱う会社を立ち上げようとしているがうまくいきそうにもない。
画家の三女の夫は銀行家のしっかり者だが移民が増えたパリでアジア系が襲われる犯罪が多発しおびえる毎日。
四女の夫は売れない俳優だがオーディションを受けても受けても黒人の役はドラッグディーラーなど端役ばかり。
折しもクロードが定年を迎えたこともあり、帰国したヴェルヌイユ夫妻を囲む食事会に集まってきた娘一家たちだが、クロードはまたもやついつい差別的発言を連発。
婿たちの不評を買ってしまうのだった・・。しかしかわいい孫たちに囲まれ楽しんでいた夫妻に次女の夫ダヴィドがイスラエルに移住すると爆弾発言したからさあ大変。
何と彼らだけでなく長女夫妻はアルジェリア、三女一家は中国、そして四女夫妻は四女の転勤先のインドへと移住を宣言してしまうのだった。
何とか引き止めたい夫妻だが、娘たちも移住に乗り気で聞く耳を持たない。
孫に会えるのが何よりの楽しみだったマリーは精神的に追いつめられてしまうのだった。何とか彼らを引き留めたい夫妻は・・・。
見どころなんですが、監督、脚本のフィリップ・ドゥ・ショーブロンの脚本力がさえわたっているところ。ずばりこれ。最高。
多国籍、多人種国家のフランスだからと笑うなかれ。
日本の在留外国人は昨年過去最高を更新。
2018年の1年で外国人住民を受け入れた人数は、フランスは25万人以下だが日本は47万にを超え、なんと世界4位にランクインしているのだ。
つまり、日本でも起こりうる身近な話題でもあるということ。それを差別的な会話などもすれすれなところを描き込みながら、声を出して大笑いしてしまうようなコメディに作り上げた手腕がもうすごいのです。
それぞれ人種も宗教も違う今作の婿たち同士も、仲はいいけれど、文化的には相
いれないところがたっぷりある。それぞれが抱える事情もまた違う。
みんな欠点があるし、それを許してるのに人の欠点は許せなかったり。
そして今作のスーパーご機嫌キャラもいいんです。
まず前作から大活躍のコートジボワールのアフリカ系夫妻は妹の結婚で大波乱。
さらにタリバンから逃げてきたアラブ人や教会の牧師さまも最高に切れてます。
ヴェルヌイユ夫妻も夫は相変わらずなのに妻のマリーは今やTwitterに夢中。スマホが
手放せない日々。
人種や宗教だけでなく、テクノロジーの進化を受け入れる受け入れないというのもまたカルチャーギャップなんですよね。
今作でも人種と人柄って一文字違うだけで全くちがう。
人種でなく人柄でお付き合いできるって最高だと思わせてくれます。
前作より何倍も面白くパワーアップした続編、観ないと損しますよ!
『21世紀の資本』
「21世紀の資本」は経済を扱ったドキュメンタリー映画です。
というと、難しそう、私には興味が持てないと思われる方もあるかもしれませんが、そんな作品なら紹介していません!
経済は人間が生活し生きていくために世界中どこにでも存在するもの。
だからこそ、誰にでも関係があるといえるんです。
難しい言葉や概念、現在の経済状況を様々な映画の1シーンやアニメ、イラストを使い、経済における知識人の言葉を効果的に見せて歴史的に時系列になぜそうなったか、だれが得をしたのか、政治や労働、戦争や歴史との兼ね合いをわかりやすく見せてくれる。そんな作品なんです。
実際私も経済の専門用語などは苦手で、今作の原作、元になっている本はトマ・ピケティが2013年に本国フランスで出版した同じタイトルの大ベストセラー経済書なんですが、728ページに及ぶこの経済書を本で読むのは無理だと思います。
原作もイマジネーションに訴えかける経済書と思えない読みやすい本だそうですが、さすがに自信がない。でもこの映画なら大丈夫!!
しかも原作者のピケティ自らが映画製作に参加し、脚色、監修、出演も果たしていて、高らかになぜこう考えるのかを柔和な笑顔で話してくれています。
そもそも原作本がそれだけ読みやすい仕立てになっていることからも、映画化というオファーが世界中から押し寄せたということの理由です
が、ピケティが選んだのがニュージーランドの製作チーム。グローバルな視点を持った人に作ってほしいと考えたからだそうで、まさにアメリカでもイギリスでもフランスでもない地域から、世界をどう見るかという視点で作られた作品です。
この作品の具体的な内容について少しだけ紹介しながら私が考える見どころもお伝えしていきましょう。
まず21世紀の資本という作品は資本収益率rは経済成長率gを上回っているr>gということを丹念に説明していきます。
過去300年間のデータから分析されたこの結果を欧米を中心とした世界の歴史とともに紐解いていくものです。説明すると、資本収益率rとは土地や預金、株式などの資産が生み出す利益のこと。
経済成長率gとは経済全体の成長のこと。
要は金持ちの財産の生み出す利益の方が、世の中の経済成長より増え方が大きいということ。
もっと平たくいいかえると働いても働いても給料は上がらず暮らし向きは上がってゆかない、しかし財産や土地などの大きな資産を持つ人が投資などで億ションを飛ぶように購入し、ざらに利益を生み出す。
いわゆる現代の格差社会がその象徴といってもいいんでしょうね。それを、18世紀から19世紀、1%の貴族が富を独占していた時代から歴史的に紐解き、そこにバルザックやジェーン・オースティンなど、名作小説に描かれた社会とともに表してみせる。名作映画の1シーンもふんだんに使われ、プライドと偏見、ゴールド・ディガース、嵐の三色旗などから映像でその社会の格差をイメージングさせてくれます。
フランス革命、植民地主義、二度の世界大戦や大恐慌、オイルショック、リーマンショックなど社会の混乱と経済を結び付けて時系列で示してくれます。
シンプソンズなどのアニメのシーンも挿入され、簡潔に、感情は疎外され、シンプル
に紐解いてくれるんです。
そしてその後後半に待っているのは21世紀の、今の私たちの状況。
ずばりここに描かれていることこそがこの作品の見どころだと思います。
これがなんと18世紀の1%の貴族が生まれながらの特権を維持する世界と非常に似た状況にあるとピケティは解きます。
自分の生きてきた長さで現実を見るのをやめて、今こそ考えなければいけない。
経済がどうとか思ってこなかった私たちこそ、政治も経済も生活も労働もすべてが私たちにあまりに密接で、歴史を見たらわずかな間にこんなに変わってることをしっかり認識して、これまで通りこれからもこのままなんだという思い込みに逃げ込むのはやめなければ。
次の世代のためにどんな世界を作れるのか、私たちが作るのか、考えなければ。
コロナ禍に見舞われた今だからこそ、日常はずっと同じではないと実感している今だからこそ、まずはこの映画をご覧になってみてはいかがでしょうか。